ベルンのパウルクレーセンター


今回は、日本でも人気の高いパウル・クレーについてご紹介したいと思います。

パウル・クレーは1879年、ベルン近郊の町にドイツ人の音楽教師の父と声楽家の母のもとに誕生。スイス人ではなく、ドイツ人だったのですね。音楽に囲まれた環境から彼もバイオリンに秀で、一時はバイオリン奏者兼批評家としてベルン音楽協会に勤めたそうです。妻もピアニストでした。

クレーが生きた19世紀末はモダンアートと称される多様な芸術様式が誕生した時代。クレーは青騎士(ブラウエライター)の芸術家たちと親交を結び、ピカソから影響を受けましたが、常に新しい表現方法を模索し続けたといわれています。誰とも似ていない、子供の絵のように自由。だけど、とても繊細で律義な絵。こんな形容詞が合うでしょうか?

第一次世界大戦後に設立されたバウハウス(総合造形学校)の教師として招待され、10年間教壇に立ちました。その後デュッセルドルフ美術学校に勤めますが、時は1933年ヒットラーが政権を握ると、クレーも前衛芸術家として弾圧されスイスに亡命、ベルンに逃れました。ベルンでは不運な晩年を送ったようです。スイス国籍は取得できず、ドイツの銀行預金は凍結され、経済的に困窮。病魔にも襲われます。そんな中でも、数々の大作、デッサンを描き続け、60歳で人生の幕を閉じました。今は2005年に完成したベルンのパウルクレーセンター正面左後ろにあるショスハルデン墓地で眠っています。

パウル・クレーセンターは彼の全作品の40%にあたる6000点の作品を所蔵。常時、企画展が催されています。音楽にも造詣が深かったことから、コンサートホールもあり様々なジャンルの音楽、劇が上演。また、クレアヴィーヴァ(Kindermuseum Creaviva)という子供美術館があり、毎日12時、14時、16時と1時間の子供向け教室も開かれています。また日曜午前中は家族向けの教室を開催。お子様連れの方、どんな教室なのかぜひ参加・体験してみてください!

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イタリア人建築家レンツォ・ピアノ設計(パリ・ポンピドゥーセンター、関西国際空港旅客ターミナルも設計)


パウル・クレー・センター
 英語版 月曜休 10時から17時開館
パウルクレーセンターへはベルン駅から12番バスで旧市街を通り、10分程度

隣のヌーベル・キュイジーヌのレストラン シェーングリュン(美しい緑)







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